引退報告(福田)

2019年も残すところあとほんの僅かになりました。皆様如何お過ごしでしょうか。来年も体調には気をつけ、新年を晴れやかに過ごしていきたいものです。

 

さて、2019年度東大男子バレー部の引退ブログもいよいよ結びとなります。この四年間で福田尋晃が感じ考えたことを、素直に書き連ねていきます。

 

さて。何よりもまず御礼の言葉を。部長・副部長、監督、コーチといった大人の方々、先輩、後輩、そして同期には大変お世話になりました。厚く感謝申し上げます。関わってくださった他校の皆さんもありがとうございます。そして、直接伝えるのはとても恥ずかしいので、この場でこっそりと家族にもありがとうを伝えてさせてください。

 

この一年間、主将を務めました。

話上手でもなく自分の声一つでチームをまとめられるタイプでもなかった私は、ちゃんと皆の話を聞いて一緒に語り合う主将でいようと代替わりのとき心の中で誓いました。人と人がすれ違うのはコミュニケーション不足がほとんどだと考えていたからです。下級生でも部にとって素晴らしいことを考えていますし、そういうものを一つずつ丁寧に拾い上げていきたかったのです。「ちゃんと考えているのに、何故上は取り上げてくれないのだろう」と、部に対して絶望してほしくなかったのです。話を聞いてもらうだけでスッキリすることだってありますし、全て気持ちを吐き出すと意外と分かり合えたりするものですし。もちろん、全部の声を拾い上げられたなんて考えてません。学年を超えて意思表示だったり互いを指摘しあったりが増えた一年間だったかなと思います。ただ一つ。惚れた腫れたに始まり色々な与太話を聞くのは決まって部内で最後の方だったことが心残りです。

一番しんどかったのは、春リーグで惨敗と言える結果を残してから双青戦までの一ヶ月半の間でした。チーム全体としても個人としても、どこへ進むべきかは分かっていましたが、どう進んでいいのか全く分からず暗礁に乗り上げていました。不甲斐ない結果にしてしまい、挙句の果てにその後の舵取りも上手くできない自分をとにかく情けなく思い、主将像についてとにかく悩みました。やはり、主将の悩みはチームに伝播するもので、チームがまたぶれ、またそのことで悩み……という悪循環の日々でした。愚痴に染まった自分のバレー日記に嫌気が指す日々でした。そんなとき、ベタで安直ですが、自分のなりたいリーダー像を思い浮かべたら、中一のときお世話になった当時高三の先輩が真っ先に思い浮かびました。その先輩は、真剣に話し合えば必ず誰とだって分かち合えるという信念を持った先輩でした(M君とは違い個人名は出しません)。行き詰まっていた私ですが、部員に時間を作ってもらい一人一人と会話を重ねました。みんなの考えていることが分かり、また私が思っていることを伝えられ、少しずつ自信を取り戻せました。原点というかルーツというか、そういったものに助けられました。

一番嬉しかった瞬間は、七大戦の準優勝です。まさに総力戦の七大戦で結果を残せたことは、チーム全員のお陰であり主将として感慨深かったです。準優勝が決まったとき同期と交わした握手は何十年たって忘れられそうにありません。10年間の学生バレーボールの中であまり試合で結果を残せなかった私の、唯一の誇りです。

 

また、俗にいうメンタルって何だろうとこの一年間考えてみました。結局のところ、メンタルの弱さとは準備不足ではないかなと思います。これ以上ないと言えるくらい練習できたか、常に自分の身体と対話し練習してきたか、様々な状況を予測・想定しながら練習してきたか。コートから目を離せば常日頃から睡眠やご飯をきちんと取れているか、試合前でいえばアップは十分したか。今年のW杯で大躍進を果たし大きな感動を届けてくれたラグビー日本代表の選手たち。勝利後のインタビューでは、次戦に向けてのコメントとして「最高の準備をします。そして試合に臨むだけです。」と口を揃えて言っていました。やっぱりなと思いました。メンタルが弱いとは精神的な弱さではなくて、最高の準備が出来ない・自己管理が出来ない自分の甘さなんだと改めて確信しました。田内コーチもピーキングのことについて口を酸っぱくして言ってくれました。ぜひ受け継いで欲しいと思います。

 

今、男子部を引退したあと女子部のコーチをしています。始めてはや二ヶ月が経ちました。スタッフとしてバレーボールに関わることは初めてで戸惑いの連続です。今までは幸いなことに自分がボールに触れプレーをすることはチームのためになる環境でした。それがプレーヤーというものだと思います。しかし今は、コーチという身分で、ボールに触れプレーすることは百害あって一利なしです。チームの勝利を直接掴めないスタッフの気持ちを初めて知りました。プレーヤーはどうしてもプレーする喜びにかまけて、勝利のためにという意志が薄れがちです。勝ってほしいという想いをどれだけスタッフがプレーヤーに託しているのか。それはプレーヤーが想像する100倍くらいの熱量です。ぜひそれを忘れずにプレーしてほしいなと思います。きっとその方が、何倍も上手くなるだろうし、何倍も勝負強くなれると思います。

 

どこか後輩へ伝えるような言葉が多くなってしまいました。性格なのか、まだ主将が抜けきれていないのか、コーチを今やっているからなのか分かりません。

 

長くなりました。まとめてしまえば、よく語り合い早く寝て勝ちにこだわってバレーしようです。

 

最後に。東大バレー部で過ごした時間はとてもかけがえのないものでした。もう一度、大学一年生に戻ったとしても同じように男子バレー部に入りたいと思いますし、変わらずこの同期と引退したいと思っています。

今度は後輩たちが男子バレー部を創っていく番です。来年も再来年も、またその先も、純粋にバレーを好きな後輩たちが自分たちの良いところを集めて悪いところを補い合って素敵なバレー部を繋いでいってくれることを願い、筆を置きます。

ありがとうございました。

#5 福田 尋晃

引退 その11

こんばんは、4年のまみです。

ついに引退ブログを書く時が来ました。
何を書いていいか分からないので、この場をお借りしてお世話になった方々への感謝を述べさせて頂こうと思います。

まずは先輩方、たくさんご迷惑をおかけしたかと思いますが、技術面やメンタル面、先輩としてどうあるべきかなどなどたくさんのことを先輩方の姿から学ばせていただきました。コート上ではとても頼もしく私を助けてくれて、コートの外ではいつもおもしろく盛り上げてくれて、ご飯もたくさん一緒に行ってくれて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。先輩方から頂いた手紙は宝物で最近バレー楽しくないなって思った時にはいつも読み返してました。本当にありがとうございました。

同期は10人もいていつもわいわい楽しくて部活に入って良かったな〜って思う理由の一つでした。皆それぞれ尊敬できる部分があって、良い刺激をもらえていました。4年生になってからは主将主務など幹部や分析、チームを鼓舞する、盛り上げるなど皆がそれぞれ頑張っている中、1人のびのびとプレーをさせてもらえていたことに申し訳ないと思っていました。皆のおかげで最後までのびのびとプレーできたし、皆のおかげでチームが動いていたと思っています。本当にありがとうございました。これからもどうかよろしくお願いします。

後輩にはチーム作りの面でもプレーの面でも本当に助けられたなと思っています。勇気を出してチームに対してたくさん意見を出してくれていたことに感謝でいっぱいです。また本当に癖が強い後輩が多くて(特に2年生)毎日笑ってすごい楽しかったです。急に人数が少なくなって大変だとは思うけど、たくさんボールに触れてたくさん試合を経験できて、羨ましい限りの環境です。その環境を活かして強くなってください!春リーグ昇格してくれるのを楽しみにしています。(多分見に行くので私のこと忘れないでね…)

部長の松永さんは合宿にも試合にも駆けつけてくれていつも私たちの良いところを見つけて褒めてくれてありがとうございました。松永さんの支えなくては女バレは続かないと思っています。一人一人に声をかけてくれて、松永さんの一言一言に私は救われていました。先日の慰労会含めありがとうございました。

そして二年生の頃まで監督をしてくださった豊田さん。私たち4年生をすごく可愛がってくれていたことを思い出します。一人一人に声をかけて指導してくださったこと、怪我した時にメールをくださったこと、一生忘れません!できれば最後まで豊田さんのもとでバレーがしたかったです。2年間ありがとうございました。

そしてそして遠いところから指導に来てくださった高梨さん。論理的な指導で分かりやすく、チームが強くなっていくのを感じていました。厳しいことも言ってくれて、それが正しすぎて素直に受け入れられず多々反抗的な態度をとってしまったこともあったかと思います…。その節は本当にすみませんでした。スーパースターがいない今年のチームで格上相手にセットが取れるようになったのは高梨さんのおかげだと思っています。ありがとうございました!

トレーナーの石塚さんは体幹、筋トレ、また個人的にもたくさん診てもらってありがとうございました。最後までプレーヤーとして部活を続けられたのは石塚さんのお陰です。

そしてコーチの竹田さん、南日さん、川田さん、けんとさん。プレーがどれも上手くてキャッチやスパイクなどすごく参考にさせてもらっていました。技術面やメンタル面(特に川田さん)、ゲームメイクなどでたくさんご指導頂きありがとうございました。川田さんとけんとさんには学科の授業でも助けてもらって本当に感謝でいっぱいです。4Aも助けてください笑

最後に、練習に来てくださったOB.OGの方々、試合に応援にきてくださったOB.OGの方々など東京大学女子バレーボール部に関わってくださった全ての皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

本当にたくさんの人に支えられて最後まで部活をやり切ることができました。自分の思い描くバレーボール人生ではなかったけど、東京大学女子バレーボール部での4年間はいつか人生の財産になるものだと思っています。ただただ感謝を述べまくる引退ブログになってしまいましたが最後までお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、良いお年を!

引退 その10

こんにちは、4年のりこです。何を書こうかなあ、難しいなあと思って先延ばしにしていたら2019年ギリギリになってしまいました。せっかくみんな早めに書いてくれたのに最後の最後にハラハラさせてしまった同期の皆さん(主にふう)、ごめんね。

いよいよ2019年も今日で終わりですね。今年一年を振り返ってみると、やっぱり引退したことが一番大きな出来事でした。部活を辞めてからはもう秒速20cmくらいの速度でしか動かなくなり、あんなにたくさん運動していた自分が嘘のようにのんびりゆったり過ごしています。毎年、お正月は太るなあと思って迎えていましたが今年のお正月が一番の恐怖です。

これだけ部活から離れてみると、怪我して泣きそうになりながら過ごしていた夏も、何もできずに辛い気持ちで迎えた七大戦も、毎回みんなとふざけていた日々も、最後のリーグ戦も遠い昔のように感じられます。と共に、かけがえのない貴重な日々だったなあと思います。

私の代は引退ブログの多さを見ても分かる通り、歴代稀に見るほど人数が多い学年でした。だからこそ、みんながみんな自分の存在意義や部活を続ける意味を問い続けた学年だったと思います。それは私も同じで、存在意義や目的を模索しながらの4年間でした。もともとバレーをしたいと決めて大学に入ったわけでも、勝ちを目指したいという強い気持ちがあったわけでもなかった私は、部活に向いていないなと思ったことがありました。今思えば「向いていない」という一言で目の前の嫌なことや自分の努力から逃げようとしていたんだと思います。それでも4年間続けて、よかったなあということがたくさんあります。

まず、尊敬できるたくさんの人に会えたこと。自分がやりたくないことでも、チームのためにと率先してやることのできる人がいました。そして、チームのために弱い気持ちを一切見せずに戦い続ける強さを持った人、周りをよく見ていて空気を明るくしてくれる人、どんな時でも絶対に諦めずにボールを拾う人、自分にはない面を持った尊敬できる人にたくさん出会えました。

そしてもう一つが、自分の弱さに向き合えたこと。プレーでも大した貢献もできず、みんなをまとめるわけでもなく、分析など裏からチームを支えることもろくにできなかった私は正直、自分がいつ辞めても問題ないだろうな思ったこともありました。でも、試合に出れなくて他人事のように感じてしまった自分がいたこと、目標がなくなって逃げたくなったこと、試合に出るのが怖くなったこと、部活に入らなければ自分の弱さにこんなに直面することはなかったと思います。

あとは単純に、バレーボールが楽しかった!うまくできないこともたくさんあったし、突然サーブの打ち方がわからなくなったり、一向にミートができなかったり(ミートの練習に付き合ってくれたちなみありがとう♡)、怪我してジャンプ力が2mmくらいになったり、色々あったけれど、やっぱりバレーは楽しかったです。小学生の時に◯ey!Say!◯UMP目当てで見に行ったバレーボールにこんなにはまってこんなに長く続けるとは思いませんでした。勝ちを目指しに行く中で、バレーが嫌いになったり、もうしたくないなと思ったこともあったけれど、オフやけがで少しバレーから離れるたびに、やっぱりバレーボール楽しいなって思いました。

後悔は、やっぱりもっと勝ちたかったし、勝ちに貢献できる選手になりたかったです。色々言い訳をつけたけれど、理想のプレーをできる選手になるには努力が足りなかったと思います。1、2年の頃に先輩方が「毎回の練習できちんと目標を持ってこなさないと上手くならないよ」と言っていたことの意味を、3、4年になってようやく理解できたように思います。あと、4年生になり、幹部の3人に任せすぎで、大きな負担をかけてしまったことも後悔の一つです。もう少し自分にもできることがあったと思います。たくさん話し合って、たくさん葛藤して、チームを引っ張ってくれた3人、ありがとう。

最後に皆さんに感謝タイムです!

まず松永さん、高梨さんをはじめとするOB・OGの方々、いつも的確なアドバイスで東大バレー部を暖かく見守ってくださりありがとうございました。たまにお会いするからこそ、部活にいらした時は「成長した姿を見せたい」という緊張感があり、あまりお話できませんでしたが、毎回来て下さることをありがたく思っていました。豊田さん、辛い時にいつも優しい言葉やメールをくださり、ありがとうございました。豊田さんの言葉に支えられたことが何度もありました。川田さん、一緒にタピオカ飲んでくれて、あと飲み物もたくさん買ってありがとうございました。もう心置き無く急行に乗れるぞ!!けんとさん、たまに褒めてくれるのがとっても嬉しかったです。あとカラオケでノリノリなところもよかったです。歴代コーチの方々、バレー部を引退し、「もう部活とはおさらばじゃ!」という生活も選べたはずなのに、バレー部のために尽力してくださったことの凄さは、引退してから特に感じています。たくさんの時間を拘束してしまったと思いますが、そのおかげで学べたことがたくさんありました。ありがとうございました。トレーナーの石塚さん、いつもみたこと無いようなトレーニングやストレッチが新鮮で楽しかったです。部員のケガもたくさん見ていただいて、心身ともにサポートして頂きました。

先輩方、のびのびとプレーさせてくれてありがとうございました。自分が4年生になると改めて、なんて偉大な先輩だったのだろうと実感すると共に、下級生の時のボケ具合を反省するばかりです。数々の事件や忘れ物の件は本当にご迷惑をおかけしました…。皆さんにご心配とご迷惑をおかけしたこと、心から反省しています…。新歓練習でバレー部を訪れた時の驚きは今でも覚えています。こんなプレーをできるようになりたい!というのは私の入部動機の一つでした。1年生の時に、りこがいるとコートが明るくなるよ、のびのびやってね、と言われた言葉に、私でも何か貢献できてることがあるんだ!と嬉しくなったことを覚えています。そして、プレーで貢献できなくても、なんとなくいると元気が出る、安心する、そんなプレーヤーになろうというのは私の4年生での目標となりました。

後輩たち。人数が多い私たちが一番上になって、私たちの雰囲気に圧倒されたり、意見を言いづらいという肩身の狭い思いをしたことがあったと思います。それでも、熱い気持ちでついてきてくれて、チームを支えてくれてありがとう!アドバイスも全然できなかったけど、みんなが仲良くしてくれて嬉しかった!みんな本当に可愛くて自慢の後輩です。これから部活を続けていく中で、必ず壁にぶち当たることや辛いことがあると思います。私があとから振り返ってみて思い出すのは、辛い時の気持ちよりも「その時何をしたか」ということでした。そして、振り返ってみて自分が一番成長できたなと感じるのも辛いことを乗り越えた時だったと思います。なので、うまくいかないことがある時は、どうやったら今の現状を変えて辛い気持ちをなくせるのか、そのために何をすれば良いのか考えてみてね。

最後に同期について。みんなのブログを読んでいて、わかってはいたもののわかっていなかったみんなの葛藤を感じました。私たちはあまりみんなで辛いことの共有をしたり、バレーについて熱い話をしたことがありません。やはり11人という人数の多さから、みんなのことを把握してる、みんなの気持ちを理解してる、という状況はほとんどなかったように思います。でも、毎回部活に来て、同期がいる、くだらない話をニコニコできる、それだけで救われたことが何度もありました。それはみんなも同じだったのかなと思います。薄い付き合いと言われるかもしれないけど、みんなが葛藤や辛さ、悔しさを抱えながらも、部活に来たら楽しく明るくしようとしているのをわかっていたから、みんなの存在だけですごく大きな力になってました。急にイヤフォンつけだしたり、めちゃくちゃ人見知りしたりする私を優しく受け入れてくれてありがとう!試合で落ち込んでる時、励ましてくれてありがとう!さっきのいいプレーだったねって褒めてくれてありがとう!一人一人にメッセージを書くのが難しいと気付いた時、卒業旅行決めるのがめちゃくちゃ難航してる時、人数の多さを再認識するけど、振り返ってみるとどの学年のどの場面も誰一人欠けてはならなかったなって思います。10人のプレーヤーはもちろん、マネージャーまでいた私の代は、本当に恵まれていました。他大から女バレにマネージャーとしてきてくれて、練習中手振ると振り返してくれて、なかなか家には呼んでくれないけど、みんなにアルバムくれる優しいみずえ!ありがとう!!!プレーヤの皆さん!割愛するけどたくさんありがとう!!!誘うのは苦手なので、遊びのお誘い、待ってます。

年内に終わらせたい!とみんなでつなげてきたこのブログ。年内に更新できなければみんなの努力が無になってしまう、とプレッシャーを感じていましたが、無事更新できてよかったです。残るはまめちゃん、任せたぞ!

このブログを読む私の知り合いは、りこって長い文章書けるのかなあと思っていたことでしょう。頑張りました…。これからのバレー部みんなの活躍を期待しています。

皆さん、良いお年をお迎えください!

 

引退 その9

こんにちは。4年マネージャーのみずえです。
引退して2ヶ月が経ち部活がなくなった分少し時間が増えるかなと思っていたのですが、卒論や来年度に向けての準備でバタバタした毎日を送っています。

 

さて、同期の引退ブログを見てどんな想いで部活に取り組んでいたのかを知ってしみじみとしながら自分はどのようなことを書けばいいのか考えていたのですが、いざ書くとなると何を書こうか悩みますね…。文章が下手なのですが自分なりに書いてみようと思うので、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

私はこの部活に入部してから色んな方に「どうして女ばれに入ったのか」ということをたくさん言われてきました。聞かれたときは、ぼんやりとした感じで答えてその場を過ごしていたのですが、改めて考えてみると本当に何でなのでしょうか…(笑)

実際いろんなサークルや部活を見て、女ばれは候補の一つとしてでしかなかったと思います。

ただ何回か見学をする中で、今まで私自身が経験してきた部活とは違う空気感であったり、部活なのだからそりゃそうでしょと言われそうですが真剣に向き合っている様子や想像している以上に先輩後輩の関係がいい(笑)ということを行くたびに感じて、「もしかしたらここならやっていけるかもしれない」と思ったときにはもう入部していました。

 

こうして部活生活が始まったのですが、初めのうちは慣れることで精一杯でした。
たくさんあたふたしたし、思うようにいかないし、正直何なんだこれと思うこともありました。そんな時にあきさんをはじめ、先輩方が色々と教えてくださったおかげで、できることが少しずつ増えていって、迷惑をかけない程度には仕事をすることができるようになっていけたのかなと思っています。本当に感謝しています。

さっき、仕事をすることができるようになっていったと書きましたが、それは私が勝手に思っているだけで、1年生の頃はたくさんの同期が、上級生になったときは頼もしい後輩が知らず知らずのうちに手伝ってくれていたからなのかもしれません。
なので迷惑をかけない程度になんて嘘になりますね(笑)手伝ってくれてありがとう!

ちょっとよく分からなくなってしまったのですが、ボール渡しも、本当に整理したのと疑ってもおかしくないほど変化のない倉庫の片付けも、部員にあわせてちょっぴりドリンクの分量を変えたりと部活中はいろんなことをしてきましたが、どれもそれなりに楽しみながらやっていたことだけはきちんと伝えたいので伝えておこうと思います。

 

「もしかしたらここならやっていけるかもしれない」という少し軽い気持ちで入部した部活も、考えられないほどたくさんの思い出で埋め尽くされた濃い時間を過ごすことができました。自分でもびっくりです。昔の自分にあのとき入部して良かったねと言いたいです。(笑)

 

いろいろと書いてきましたが、お世話になった皆様へ
ご支援・ご声援をしてくださったOB・OGの皆様、
試合があるときは一番近くでチームを見守り、その都度部員に鼓舞してくださった松永さん、
技術的なご指導をしてくださる場面で本当に役立たずなことしかできなくて申し訳なく思ってますの高梨さん、
雑なボール渡しをしてしまいすみませんの気持ちでいっぱいのコーチの方々、
どんな仕事をすればいいのか丁寧に教え、優しくそして素敵な先輩、
やろうと思っていたことも気が付くとやり終わってしまうくらい行動が速く、癒しを与えてくれた後輩、
そしていっぱいいすぎて本当に部活を続けることができるのか心配だったことさえも忘れてしまうくらいユーモアに溢れていて、本当に困ったときに助けてくれた大切な同期、
たくさんの方々の支えがあったからこそ、真剣に部活に取り組むことができました。
本当にありがとうございました。

伝わりにくい文章になってしまいました、ごめんなさい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

これからの女ばれの活躍を応援しています!

 

引退 その8

お久しぶりです、4年のふうです。

引退してはや2ヶ月、今日はクリスマスイブなのに1限にきています。相変わらず講義や実習やテストに追われる日々です。同期にブログの催促をしていたら、めちゃめちゃ口うるさいブログおばさんみたいになってましたが、後輩には感謝してもらえたのでそれでもいいことにします。

さて、ここからは例に漏れずたぶんとても長くなりますが、最後だと思って何となく読んでください。チームのことについて私が語るのも何だか変なので、個人的なことを中心に書きたいと思います。

いま部活をしていた3年半を振り返ると、なんだか夢の中の出来事だったみたいで現実味がありません。それでも、長かったなぁとは思います。ほんとうにいろいろなことがあった3年半でした。

入部した直後にみんなと比べて大幅に出遅れていてなかなか練習にも入れなかった時は、たしかに体力面など色々きついこともあったけれど、自主練をしてできなかったことが1つずつできるようになる楽しさ、みんなが色々なことを教えてくれて成長をいっしょに喜んでくれるうれしさ、同期や先輩のプレーを見るワクワク感、どれをとってもすごく幸せでした。バレーボールをすることが本当に楽しくて、部活の日が待ち遠しくて、昼休みや空きコマやオフ中にも、ずっと体育館に通っていました。

でもバレーボールをプレーすることを楽しい、好きだと思えたのは、はじめの1年半ぐらいでした。同期や後輩と自分を比べてしまって、思うように成長できない焦り、やりたいプレーがどうしてもできない悔しさ、せめて人として先輩のようにならなくてはと思うのに背中が遠すぎることへの苦しさ。今まで沢山の指導をしてくれていたスタッフさんや先輩方が段々いなくなっていく中でそんな気持ちが大きくなっていってしまう自分がいました。

自分のことばかりでチームのことだけを一途に考えられない自分がこのままここに居続ける意味があるのか、先も見えないのにもう頑張りたくない、という思いが強くなりすぎた時もあり、たくさんの方にご迷惑やご心配をおかけしたと思います。

そんな中で大きかった出来事は、怪我で半年以上プレーから離れたことだったと思います。2年生の冬頃から我慢していた痛みが悪化して、病院では完治には1年かかると言われました。1年も安静にしたらそのまま引退してしまう、でもプレーを続けるのもその段階では難しく、結局七大戦も、秋リーグも、赤門大会も、バレーをすることはできませんでした。

じっとしているのもしんどい状態で毎回の練習に行くのも意味が見出せずにとても憂鬱でしたが、中でもアップすらできない中で1週間つづいた七大戦は想像以上に辛くて、たくさん泣いてしまいました。自分のことでいっぱいいっぱいで、気遣ってくれる仲間にも応えることができなかった時もありましたし、何の気のない仲間の言動に勝手に穿った見方をして傷ついてしまうこともありました。

でも、怪我をしてよかったとは思わないし言ってはいけないと思いますが、プレーが嫌いになってしまっていた時にそこから少し離れて仲間たちを客観的に見ることができたことで、一人一人の努力や、思いや、優しさや、何よりバレーボールというスポーツの素敵なところに気づくことができたと思います。うまくいかなくて悩んでいる仲間を見た時は自分まで心が痛くなったし、苦しんでいたのを見ていた同期が試合で活躍した時には泣いてしまうほどうれしかった。みんなが笑顔でプレーしている姿も、はじめは見るのが辛かったけど、バレーボールの良いところがギュッと詰まった女バレの試合がわたしに元気や勇気をくれ、「女バレが好き」という気持ちを思い出させてくれました。

正直復帰してからも思うようには動けないことが多かったので、プレー自体はあまり好きには戻れなかったのですが、でも、がんばるみんなの姿をずっとそばで見てきたから、チームのことが前より好きになったから、自分にできることは最後までちゃんとやろうと思えたし、できなかった時間の分、仲間と一緒にバレーボールができる時間は大切なものになりました。

だからといって、引退の時、全く悔いがなかったかといえば嘘になります。

4年生の1年は、同期がたくさんがんばっているのに自分にできることが少なすぎて、できていないことも多すぎて、引退のその日までたくさん無力感を味わいました。チームにとって自分が果たして必要だったのか、チームの勝ちに多少なりとも関われたのか、今振り返っても全く自信はありません。チームのためを語ってやっていたことも、やっぱり自我を殺し切れていなくて、やりながら妬みや嫉みなど黒い感情が最後まで残ってしまったのも事実です。

でも、女バレのことが好きだと、途中で辞めなくて良かったと最後の瞬間にはちゃんと思えたのが、わたしにとっては価値のあることだったんじゃないかなと思います。あと、最上級生になってからは引退試合が終わる瞬間まで(たぶん)一度も泣かずにがんばれたのも、ほんの少しだけだけど成長したのかな、と感じられました。

辛かったことも多かったけど、はじめてできたプレーにみんなが一緒に喜んでくれたこと、行ってみたらみんな全然来なくて先輩と2人3時間自主練したこと、同期と2人で延々と対人やフェイントの練習をしたこと、合宿であざだらけになりながらも練習後はみんなで走って海に行ったこと、復帰したての試合で弱々のサーブが入っただけでみんなが盛り上がってくれた声、振り返れば大切で楽しい思い出も数え切れないほどあります。

部活中心と言ってばかりもいられない大学生活の中で、でも気づいたら部活のことが頭のどこにもない瞬間はなかったんじゃないかと思うほどに、3年半を経て女バレはわたしの中で大きな存在になっていました。

 

最後になりますが、お世話になった方々へ。

1年間主務を務めさせていただきましたが、至らぬところが多くたくさんの方にご迷惑をおかけしました。それでも多くのお力添え、ご声援を賜り何とか役目を終えることができました。突然言い出した遠征費補助についても、本当にたくさんご協力を頂き、すぐに実現していただいて、感謝してもしきれません。この役職のおかげもあり個人的にも沢山の先輩方とお話をする機会に恵まれ、直接応援のお言葉を頂けた時は本当に嬉しかったです。柳川会長、松永部長はじめお世話になった赤門クラブの先輩方、ありがとうございました。

男子部主務、そして副務の2人も、たくさん仕事を引き受けて助けてくれてありがとう。

先輩方、スタッフさんにもたくさんご心配をおかけしましたが、ご指導、お気遣いをいただいたおかげでここまでやってくることができました。何度もやめるとか休部するとか言って本当に申し訳ありませんでした。成長した姿を見せられたかはわかりませんが、先輩方からの「おつかれさま」「がんばったね」は誰からのものよりもうれしかったです。

後輩たちにとっては、かっこいい先輩ではなかったかなと思いますが、それでもたくさん後輩として支えてくれてありがとう。がんばる後輩の姿がわたしにとっての力の源で、皆のような後輩を持てたことがわたしの自慢です。辛いことがあった時、逃げ出したくなった時は、あんな人でも引退できてたんだから自分も大丈夫かなぁと思い出してくれたらうれしいなと思います。

同期には、他の誰よりも心配も迷惑もかけてきたと思います。本当にごめんなさい。11人は個性がバラバラで、マイペースで、その言葉に傷ついたことも分かり合えないと思ったことも数知れずです。でも、3年半一緒にいるうちに、それぞれの抜群のユーモアセンスと(笑)、優しさと、強さもたくさん知りました。みんな不器用だから、悩んだ時も直接何か聞かれることは少なかったけど、みんなもそれぞれ色んな悩みがあっただろうに、わたしがどんなに荒んでいても見放さずにさりげなくたくさんそばにいてくれたこと、本当にありがとう。みんながいなかったら絶対に途中で逃げ出してました。最後の試合、色んなことがあった同期全員でベンチでの円陣の輪の中にいられたことが、すごく嬉しかったです。これからも、いつもとは言わないけど時々は会える仲間でいてください。

他にも、男子部のみなさん、七大学(特に京大)の同期、友達、家族など、いろんな人に支えてもらいましたが、キリがないのでこの辺りにしておきます。でも、周りにいてくれた人全てがこの3年半には必要だったと思います。ありがとうございました。

「色々なことを教えてくれたり応援してくれるすべての人に恩返しができるようなひとになりたい」、入部時にそんな目標を掲げて過ごした時間でしたが、今わたしの引退を喜んでくれる方が1人でもいるならば、きっとこの目標も少しは達成できたのかなと思います。わたしがバレー部に入ったことが正解だったのかはまだわかりませんが、これから先この経験が活きる日は必ずくるはずです。そんな時にこの時の気持ちを忘れかけていたなら、このブログを読み返してしっかりと胸に刻んで、進み続けていけたらいいなと思います。

やっぱりとっっても長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただいた方はありがとうございます。これから先もずっと、女子バレー部並びに東大バレー部への変わらぬご支援、ご声援のほど、どうぞよろしくお願い致します。

そして、わたしもこれからずーっと、女バレの後輩たちの3年半が実りあるものになるように応援しています。

改めまして、これまでお世話になった皆様、本当にありがとうございました!!!

#19  ふう

2019最終練習!!

こんにちは、3年生のみかです。先週末に風邪をひいてしまい、なかなか咳がとまりません。みなさん体には気をつけてお過ごしください。

さて、昨日は練習納めでした。年内最後ということで体力測定をしたのですが、ほとんどの人がジャンプ力がアップしており、この2ヶ月のジャントレや筋トレの成果が出たのではないかと思います。これから年末年始オフに入りますが、主将ゆうりからは「お正月に餅を食べすぎて太らないように!」と言われたので、お餅はほどほどに筋トレに励みます。

もう新体制が始まって2ヶ月もたったということが驚きを隠せません。人数がこれまでの半分以下の8人となり、練習中にほぼ休む時間がないため初めはきつく感じていましたが、最近ようやく練習に慣れてきました。永遠に続くかと思われた慢性的筋肉痛もおさまり、ほっとしているところです。人数が少ないということはよりたくさんボールに触れるし、ほかの部員の課題や今何を頑張っているのかやなども知ることができ、メリットもたくさんあるなと感じています。とはいえ四年生が居なくて寂しいですね、、、

この2ヶ月は、ケガをしない体づくり、レシーブ力とサーブの強化を主にやってきました。コーチの福田さんは、「今意識していることや改善していることは、3ヶ月後に現れてくるから、我慢して続けることが大事」とおっしゃっていましたが、ほかの部員を見ているとこの2ヶ月で上手になったなあと思うことが多々あります。自分でも、少しずつではありますができることが増えたと感じていますが、現状に満足せずより上を目指して年明けからも頑張ります。

私の個人的な一年の目標は、ここぞという時に安心してトスをあげてもらえるようなスパイカーになること、そしてディグを上げても褒められないレシーバーになることです。

去年までは、手にあたりそこなったボールが真ん中に落ちて運良く決まるというパターンが多かったため、今年はもっとジャンプ力・打力を上げて、セッターとのコンビも合わせてどんどん決定率を上げていきます。また、今までは、私がたまーに綺麗にディグを上げた時、先輩方が褒めてくださっていました。それはとても嬉しかったのですが、その一方で他の選手だったら別に褒められるようなボールではないな、、、とも思っていました。今年は、安定感のあるレシーブを続けて、ちょっとやそっとのディグを上げたからといって褒められない選手になります。

春リーグでは、チーム全体としてレベルアップした姿をみなさんにお見せ出来るよう、冬の練習をみんなで乗り切ります!今後とも応援よろしくおねがいします。

引退 その7

こんにちは。先日引退しました4年のなつです。引退ブログということで、ちなみから順番が回ってくるのももう最後なので少し書こうと思います。彼女は今年度副将という立場で、みんなが言いづらいけれども必要なことを指摘するいわゆる厳しい先輩を率先してやってくれました。でも怖がられるどころか後輩には可愛がられて(?)いて、同期にとっては色々な感情を共有しやすく、思わず絡みたくなる存在で、とてもありがたかったです。(なで肩だけど)私自身の近況としてはちなみ同様卒論に追われる毎日ですが、ほぼ執筆が終わっている彼女と違い、私は研究室からおととい電話がかかってきたほどにはピンチな状況を迎えています。

はじめに、この1年間東大バレー部を応援してくださったすべての皆様に感謝申し上げます。たくさんの方の支えがあり無事に引退を迎えることができました。あえて書く事があるとすると、、七大戦の遠征費補助を頂けることがわかった時の集合は本当に盛り上がっていました。(笑)来年以降は私たちも色々な面で現役を支援できるよう努めたいと思ったものでした。

物理的な援助はもちろんですが、それ以上にたくさんの方々が私たちのために時間を割いて練習や試合に来てくださることが本当に嬉しく、また励みになっていました。部長、コーチを含むすべてのOBOGの皆様、本当にありがとうございました。

皆様のご支援もあり、また人数も多く大変恵まれた環境で活動させていただいた私たち4年生ですが、これといった結果を残すことはできませんでした。昇格できなかった、ということはチームとして何かが圧倒的に足りていなかったということです。

毎年大きな大会後や代替わりの時期には、結果は残せなかったけれどいいチームだったね、またがんばろう、と言っていただくのが常でした。他の同期は1年生のころの七大戦で優勝を経験していますが、私がバレー部にいた2年半は実力はあると言われながらも目立った結果を残すことはありませんでした。それどころか昇格が惜しかった、優勝まであと一歩、ということさえなかったように思います。

思えば、チームのあり方に違和感を感じることがたびたびありました。自分なりにぼんやり考えることはあったものの、2.3年生の頃はあまり意見を口にすることもありませんでした。実力も自信もなかったからですが、多分試合の結果がどうでもよく思われる瞬間があったからだと思います。チームのことに一生懸命になれない自分が悪いと分かりつつも、そう感じても仕方がない状況にも疑問がありました。上級生になったら、試合に出ていないメンバーでも自然と力になりたいと思えるようなチーム作りをしたいし、それができると思っていました。ところが、4年生になってからはチームのことを考えるよりも自分の気持ちを保つことでいっぱいいっぱいでした。チームが上手く回っていないことを分かっていながらも、それと真剣に向き合い、改善していこうと思えるほど余裕がありませんでした。

引退した今になって振り返ってみると、いつも同じことが心に引っかかっていたように思います。自分が試合に出たい、自分が打ちたい、自分が決めたい、自分がとりたい、自分が活躍したい……という利己心が他人から見える時、居心地の悪さを感じました。スタメンでもベンチでも、チームが勝つことやチームメイトの気持ちよりも自分の感情を優先していると感じさせるような選手がいれば、いくら技術があっても結果が出なくて当然だったと思います。この2年半の間、だいたいそんな状況でした。そして、そんなチームのためのサポートはもう嫌だ、と思ってしまう自分自身も同様に自分勝手でした。

どうすればもっと勝ちを引き寄せられるチームになれたのか、ということは今でもわかりません。スポーツ選手としては闘争心がある方が成長するだろうし、利他的すぎるのも良くないと思います。けれど、それだけでいいなら個人スポーツをすればいい話で、この代で結果を残せなかった原因の一つはそこにあるとどうしても思ってしまいます。幸い後輩たちは技術もあり、みんな素直でバレーにまっすぐなので、今までのバレー部に少なからずあった自分本位な雰囲気を払拭して、昇格も優勝も叶えてくれるのではないかと期待しています。

そしてもう一つ、部活を通して感じたことを書かせてください。同期のブログを読んで改めて、試合に出ていてもいなくても、バレーをすることが苦しいと感じるときは誰にでも必ず、何度も来るのだと思いました。そしてそういう時、何か一つでも信念を持ってやっていることがあれば、それが辛い時の自分を救ってくれるということです。自分自身、今年の9月はゲーム練をただただ見ている毎日の繰り返しで引退までの1ヶ月がすごく長く感じられ、毎日のように明日には部活をやめよう、でも今日の練習は行こう、という繰り返しでした。それでも、コーチや同期の配慮もあり最後のリーグでは何度かチャンスをいただきました。大事な場面で自分を信じて使ってもらえたことで、今まで続けてきたことが無駄ではなかったと思うことができました。同期11人が1人も欠けずにここまでくることができたのは、立場が違う中でみんなが大事な役割を持っていて、部活を辞めそうになった時に引き留めてくれる何かがそれぞれにあったからだと思います。

ラストブログも長々と書いてしまいすみません…。最後に、重ねてになりますがお世話になった方々にお礼を述べさせていただきます。

部長の松永さん。部員の人数が多いにもかかわらず、私たち一人ひとりのことをとても気にかけてくださいました。優しい言葉をかけていただく度に、頑張りを見守ってくださる方がいるのだとみんな感じていたと思います。

技術的な指導をしてくださった高梨さん。高梨さんのご指導は私たちにとって毎回が新鮮なもので、練習に来てくださった際には普段より部員の士気が高まっているように感じました。

今年度コーチをしてくださったお二人。健人さんはいつも的確なアドバイスを下さり、あまりに的確すぎて耳が痛いこともしばしばありました。今となっては、もっとトスの技術を健人さんから学んでおけばよかったなと思います。川田さん。個人的なことでは、川田さんや先輩から言われるままにポジションを変え、初めは乗り気ではありませんでしたが、途中からはセッターをしている自分がとてもしっくりきていました。4年生はみんな、川田さんにいろいろな面で助けられ本当にお世話になっていたのですが、今は素直に感謝することができず本当に残念です…。

女バレの先輩方。代学年を経験したことで先輩の偉大さを改めて感じました。引退してからも女バレを気にかけて下さり、本当にたくさん助けていただきました。

今までついてきてくれた後輩。気配りができて個性豊かで、私たちにはもったいないほどできた後輩たちでした。後輩だけど友達のようで、とても居心地が良い女バレを作ってくれました。

皆さまのおかげでここまで来ることができました。本当にありがとうございました。

そして、一番感謝しているのは同期です。かけがえがない、とはよく言いますが、私にとっては本当にかけがえのない存在です。2年生の6月に女バレに入部して、みんなに会って大学生活が大きく変わりました。現役のころも引退後も、頻繁に全員集まるかと言われるとそうではないのですが笑、仲が良いということ以上に同期はそれぞれ良いところがたくさんあって、暖かかい存在でした。しょう、ちなみ、まみが繋いだボールをトスにして、それをかいちゃん、かつ、せい、ふう、りこが決めてくれる瞬間が部活をしている中で一番嬉しかったです。あいちゃんは、なつが同じセッターでよかった、と言ってくれたけど、私は正直あいちゃんと一緒で苦しむこともたくさんありました。笑 でも辛いとき1番頼りにしていたのもあいちゃんでした。あとトス練の球出し厳しかった。そしてみずえ。みずえはお姉ちゃんみたいな安心感と妹のようなゆるさがどちらもあって、ちょっとしんどいな、大変だな、という時に話しかけたくなるような部員にとってのオアシスでした。自分がマネージャーを続けられなかったからこそ、最後までやり遂げたこと、本当に尊敬してます!引退した時にはもう当分いいかな、と思ったバレーボールも、11人でまた集まってできたら楽しいだろうなと思うくらいです。みんな今まで本当にありがとう!

これからもOGとして東大女バレを応援しています📣

引退 その6

こんにちは、4年生のちなみです。現在は卒論に追われています。卒論の息抜きにブログ書けばちょうどいいじゃんとか思ってたんですけど、意外と引退ブログって難しくて時間ばかりが流れています。時間が経つといえば引退してからまだ約二ヶ月なんですね。今となってはずっと昔のことのように思えます。

引退ブログの何が難しいって書き出しですよね。なので早速お礼から述べさせて頂きます。

まず、私達の活動をご支援、応援して下さったOG・OBの皆様に御礼申し上げます。お忙しい中、会場にまで足を運んで頂き、熱い声援をお送り下さってありがとうございました。皆様のお陰で4年間思い切り部活動に打ち込むことができました。

それから部長の松永さんを始め、女子バレー部の歴代の監督・コーチ・スタッフの皆様にも感謝申し上げます。特に川田さんと健人さんは最後の一年大変お世話になりました。Bチームでミスを押し付けカバーしあったこと、忘れません。ありがとうございました。

先輩方にもとてもお世話になりました。チームのために、と努力する先輩方の背中を見て、自分もこういう風になりたい、他人のために努力できる人間になりたいと思いました。先輩方はいつも私の目標でした。本当にありがとうございました。

後輩達は、まあ大体問題児だったし本当によく馬鹿にされていました。苦労もたくさんかけられましたけど、私達もきっとそんな後輩だったんだと思います。やっぱり先輩方ありがとうございました。とは言いつつ仲良くしてくれて、一生懸命で、面白く、なんだかんだ可愛い後輩達には支えられていました。ありがとうございました。

同期に関しては後述します。良いことを書く予定です。

いきなり大感謝祭を開催してしまったんですがここで少し自分自身のことを話したいと思います。

高校の先輩方に誘って頂き、春休み中にバレー部を初めて訪れた時のことを今でもよく覚えています。今では考えられないくらい緊張していました。優しく活気ある雰囲気に惹かれて、すぐに入部を決めました。あまりにも迷いがなくて、自分でも驚きました。それほどバレーボールが純粋に好きでした。

入部を決めてからの四年間、本当にたくさんのことがありました。その中で試合に出られることはいつでも誇らしく、嬉しいことでした。その分試合に出られない日々は昔の自分には想像もつかないほど辛いものでした。レギュラーを初めて外れた二年生の京大戦では、試合中にドリンクを汲みながら、一人で泣いていました。チームのことを一番に考えられず、自分のことばかりで、そんな自分が許せませんでした。最初はバレーボールが好きだ、という気持ちだけで始め、楽しかったものが、段々好きなだけでは上手くいかないことが増えて、バレーボールが嫌いになってしまう瞬間もありました。試合に出られないことが、チームの力になれないことが、好きだったものが嫌いになってしまうことが、私はとても苦しかったです。最後の一年は副将という立場にありながら、プレーで貢献できないことにずっと劣等感のような物を感じていました。いつもいつも迷っていたように思います。どうしてこんなに頑張らなくてはならないのか、わからなくなることもありました。

そんな時、いつも支えになっていたのは同期の存在でした。私達11人はそれぞれが様々な立場で、異なる考えを持っていました。完全に皆が同意できる決断というものは少なくて、チーム一丸となることの難しさを思い知りました。もっと私達上級生がまとまっていれば、結果も違ってきたのかな、と後悔が残るのも事実です。でも皆が真剣に悩み、考え、苦しい中で一生懸命戦う姿を4年間見てきました。その度に私も頑張ろうと何度も思いました。頑張れる、頑張りたいと思うことができました。一緒に泣いて、一緒に笑って、ここまでやってきました。こんなに面白くて良い人達とバレーをすることができて、私はとても幸せです。ありがとうございます。

気持ちを一旦リセットして、バレーボールに向き合ってみると、レシーブが上がった、サーブが決まった、そんな小さなことの一つ一つが嬉しく、楽しかったです。私達の代で結果を残すことはできず、私自身も目立った活躍をすることはできなかった4年間でしたが、自分なりに努力を積み重ねてきたことは、確かに糧になっていると信じています。

最後に、読んでいるかもわかりませんが後輩達に自分の経験から言えることを伝えたいと思います。人数も大きく変わり、何の参考にもならないかもしれませんけど、こんな考え方もあるんだなあ位に思っておいてください。

試合に出ていなかった私がいうのもなんですが、試合に出ることだけがバレーボールの全てではないです。ドリンクやタイマー、審判など、環境を整えることはもちろん、ボール出しや声かけだけではなく、ただひたすらに努力する姿が誰かを助けることもあります。試合に出られなかったというだけで終わるのではなく、じゃあそれからどうするのか、どうやって自分は仲間と一緒に勝ちにいくのかを考え続けてください。試合に出られるメンバーには、出てないメンバーの思いを背負って立つ責任があります。ベンチやベンチ外の仲間に支えられることは当たり前ではないので、誰かの苦しさも悔しさも全部踏み台にしてコートに立っていることを忘れないでください。自分のために、ではなく、チームのために全力を尽くしたと胸を張れる選手でいて欲しいです。でも、何より試合を楽しんでほしいです。この先も多分、苦しいことも悔しいこともたくさんあると思います。でも、そうやって辛い中でも、一生懸命積み重ねていれば、いつかやってよかったな、頑張ってよかったなっていう時が来ると思います。頑張り続ける日々に、そんな瞬間がどうか少しでも多く訪れて欲しいと願っています。応援しています。

緩急のついた長文ブログになってしまいましたが、そろそろ終わろうと思います。

私のバレー人生に関わってくださった全ての皆様に感謝いたします。

ありがとうございました。

 

引退 その5

こんにちは、せいです。

とうとう引退ブログを書く立場になってしまいました。無事に引退を迎えられて嬉しいような、もう現役の立場で活動する事はなく1歩引いた立場になってしまって悲しいような、不思議な気持ちです。

 

東大バレー部を引退するにあたって、まずこれまで東大バレー部を支えてくださった全ての方に感謝申し上げます。

部長としていつも私たちを見守ってくださった松永さん。突然11人も入ってきた私たちに、メモを作って名前を覚えようとしてくださるのが嬉しかったのを覚えています。

毎回欠かすことなく練習に来てくださった豊田さん。朝一の自主練でも1年生だった私たち数人のために来てくださったこと、忘れません。

コーチをしてくださった竹田さん、川田さん、ゆずさん、けんとさん。女子部の練習はコーチなしでは回らないのだと、4年生になってから身に染みて感じました。

技術的指導を引き受けてくださった高梨さん。バレーに対する考え方、プレーの見方、練習の仕方。いつも新しい発見があり、教えていただけるのを楽しみにしていました。

そして、試合の応援に来てくださる方、大会後の会に出席してくださる方、メーリスやブログなどで現役の様子見守ってくださる方、本当にたくさんのOB・OGの方に支えられてバレー部は活動できているのだと思っています。

改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

さて、これまでに男子部と4人の女子部同期の引退ブログがアップされています(まだ読んでいない方は遡ってきてください!)。自分は何を書こうか考えながら読んできましたが、やはり引退ブログは良いですね。今まで気知らなかった同期の想いを知り、感慨深いものがあります。私はブログを書くのが苦手で、いつもあっさりとした内容になってしまうのですが、最後のブログなので私も思いの丈を綴ってみようかと思います。とっても長くなってしまったのでお時間のあるときに読んでいただければ幸いです。

 

正直なところ、私は大学の運動部に入るつもりは全くありませんでした。バレーは好きだけれども決して上手くはないと自覚していたので、正直大学バレーのレベルについていくことは難しいと思っていました。しかし、新歓練習会に顔を出してみたら、先輩方のプレーのレベルの高さに驚き、それなのに雰囲気は楽しく親しみやすく、気づけばバレー部に入部していました。実は入部するに当たって、大学4年間部活をして1度も試合に出られなくても後悔しないか、自問しました。結果、たとえ試合に出られなくてもきちんと教えてもらえて少しずつでもうまくなれる部活に入ったほうが最終的には楽しめると思い、入部を決めました。

そんなわけで、やはり練習で周りができるのにできないことは多く、部活に100%捧げられるわけでもなく、最後まで試合で戦力になることはできませんでしたが、ここまで続けてこられ、部活に入ってよかったと思いながら終われたことは本当に嬉しく、ありがたいことだと思います。

 

1年生の頃どんな気持ちで練習していたのかはあまり覚えていませんが、4年間の思い出は、と聞かれてなぜか思い出すエピソードがあります。

京大戦で負けた私たちを七大戦までになんとか鍛えるため、高梨さんが指導に来てくださった時期があります。主にレギュラーを鍛えていたのですが、ある時ボール拾いをしていた1年生が呼ばれ、ボールの渡し方を教えられました。ボール出しをする人が極力やりやすいように、その人に正対して、その人と逆の手でボールを渡すこと、タイミングが遅れたりしないこと。そんなことわざわざ言われなくても、と思いかけ、今までできていなかった自分に気づいた時は目から鱗でした。たぶんそれまでにきちんと運動部としての教育を受けてきた子たちは自然にできることだと思います。でも、私はできていなかった。言われるままに行動していた私にとって、コートの外にいてもやるべきことがある、また、コート外の1年生でも指導をもらえた、目を掛けてもらえていると感じられた出来事でした。些細なことと思われるかもしれませんが、これが私の4年間の部活に対する姿勢を決める一因になったように感じています。その後、学年が上がっても、4年生になっても、高梨さんのワンマン(全体練で上がるはずのボールを落とすと突然始まります。キツイです。)の空気を察知してボールを準備するのは私が私に課す密かなミッションでした(笑)

 

もう一つ、2年生の七大戦。七大戦は大きな体育館で開催するので、壁際やアップコートまで飛んでいったボールを拾いに行くのは大変です。だから、ラリー間にボールを拾いに行くのは試合に出ない下級生の役目でした。でもどうにものんびりな私たちは試合に夢中になってしまい、何度やっても初動が遅く、先輩方に「2年生走って!」と言われてやっと走り出していました。自分のトロさに呆れた一件です。私たちは学年11人もいて、何人もに同じ注意をしなければならず、先輩方は手間が掛かったと思います。後輩に教えるよりも自分で動いた方が早い、と思った時もあったかもしれません。プレー以外の面での後輩指導の難しさも、大切さも、4年生になってから痛感しました。それでも私たちをきちんと教育してくださったこと、とても感謝しています。

 

気持ち的に一番辛かったのは2年生の試合シーズンかもしれません。春リーグが始まってから秋リーグが終わるまでは大きな大会が立て続けにあるので、みんな平等に練習している余裕は殆どありません。レギュラーを決め、チーム練をするので精一杯です。当時の私は部活に行って、アップをして、部分練をして、ゲームが始まるとモップを持ってラインズの位置に立っていました。長い日は1時間か1時間半か。自分のレベルは自覚していたので、ゲームに出られないことに不満はありませんでした。ただボールに触れないことが辛かった。ラインズしに部活に来ているわけじゃないのになーと思っていました。今ならどうしてもそうなってしまうチーム事情も、その中でももっとできることがあったことも分かるんですけどね、当時は子供だったんです(笑)。でもそんな時代を乗り越えられたのは、ラリー間のパスに付き合ってくれた、ふうを始め当時のラインズ仲間たちのおかげです。

 

3年生は学科が忙しいのを言い訳にして、部活生としては褒められない姿勢だったと思います。みゆさん、すうさん、うみさん、ごめんなさい。それでもなんとか部活を続け、冬練が終わる頃に、練習に来てくださる先輩方が、せい上手くなったね、と言ってくださるようになりました。すごく嬉しかったです。下手なりに練習してきた成果が他人の目にも明らかになってきたんだなと。

ただ、姿勢の面ではかなり悩みました。入部の動機上、絶対に自分が試合に出るんだ、とは思えませんでしたし、他のすべてを投げ打って部活に打ち込むこともできませんでした。もちろんチームとして勝つことを目指しているつもりでした。ただ他の部員よりも部活にかける時間が短かった。最上級生になり、主将副将がミーティングを重ねているのを見ながら、これでいいんだろうか、と思いました。こんな姿勢の4年生がいたのでは部の空気が緩むのではないか、後輩に示しがつかないのではないか。辛くて辞めたい訳ではなかったけれど、ここできっぱり退部した方が良いのではないかと考えていました。しかし、なんやかんやでタイミングを逃し(笑)、秋まで続けるけることになりました。

 

そのタイミングで、自分の存在意義を改めて考えました。プレーで勝ちに貢献することは難しそうだったので、それ以外でできることはないか、と。決めたのは、スタメンでない後輩たちが置き去りにならないようにすることと、相手チームの分析や自チームの観察などを通して、常にAチームに働きかけることでした。

 

一つ目は自分が下級生の時の経験からです。スパイク練で「バックスイング大きくするといいよ」と先輩に一言アドバイスをもらえると、意識するポイントが分かり練習の質が上がるし、見てもらえているんだと感じられました。また、ゲーム練に入れないのは仕方なくても、放置されている感があるのは嫌だな、と。でも結果的には全然できませんでした。Aチームを鍛えることと全員に目を配ることの両立がこれほど難しいとは思っていませんでした。試合前になるとついAチームの事でいっぱいになってしまい、結局後輩たちにモップや得点板、ラインズをやってもらうばかりになっていたと思います。そうやってチームを支えてくれたこと、本当に感謝しています。ありがとう!でも、後悔が残ります…これから代持ちになるみんなは、コートの外の人のことを忘れないでほしいな、と思います。それから、自分が外に出る機会があるときは(練習試合でメンバー入れ替える時とか、新人戦の練習する時とか)積極的に動いて、いつもやってくれている人がいるんだなと思い出してくれると嬉しいです。(しばらくは人数少なくてみんなスタメンかもしれないけどね)

 

もう一つは、スタメンとサブの間に遠慮があるように感じていたからです。ゲーム練でボールが落ちるとAチームの人は集まって対策を話し合いますが、Bチームはそれに参加せず反対側のコートで待っているという光景がよく見られました。私自身、高度なことはよくわからないとか、スタメン同士でやりやすいように決めてくれればいいや、という気持ちがあり、言葉は悪いですがどこか他人事のような気がしていました。でも改めて考えると、Aチームに直接意見しないと自分がチームの勝ちのために行動したことにはならないな、と思いました。そこでゲーム練でAチームを観察したり、スコアを取ったり、相手チームの分析をしたりして、思ったことはとりあえず口に出してみることにしました。あいつ見当違いのこと言ってるなとか、今更なんだとか、そんなこと言われてもできないよとか、いろいろ思うことはあったかもしれませんが(ごめんね)、みんな耳を傾けてくれて嬉しかったです。一番チームのことを自分の事として捉えられた一年でした。

 

プレー面では最後までみんなに追いつくことができませんでした。最後の一年はサイド陣に怪我が多く、チームとしても苦しい状況が続きました。サイドが足りない時、本来センターのアタッカーをレフトにしてまで外された時は、本当に不甲斐なく思いました。それに納得してしまう自分も情けなく。同期がレシーバーとして、ピンチサーバーとして自分の立場を確立していく中、調子の悪そうな後輩と交代することもできず応援するばかりの自分に、もっと練習していれば、と後悔もありました。それでも4年の京大戦、七大戦、秋リーグでプレーする機会をもらえたこと、嬉しかったです。公式戦に出る機会はないだろうという1年生の頃の私の予想は裏切られました(笑)。

 

4年間を振り返っただけなのにとてもとても長くなってしまいました…この辺で終わります。後輩たちへかっこいい言葉を贈ることはできませんが、どこかで辛くなった時、悩んだ時、少しでも支えになるエピソードがあればいいなと思います。

 

こんな私でも目を掛け、育ててくださった先輩方、明るくて面白くていつも笑わせてくれて、でもバレーではかっこよくてずっと私のお手本だった同期、個性が強くてバレーへの情熱に溢れて熱くて、でも4年生についてきてくれた後輩たち、みなさんのおかげでここまで続けてこられました。ありがとうございました!

これからはOGとして微力ながら東大バレー部を支えていければと思います。とりあえずあと2年は学生なので、できる限り試合の応援に行きます!

 

これまで大変お世話になりました。

そして、これからも東大バレー部を応援しています。頑張ってください!

 

#18 せい

 

引退しました(山田)

4年の山田です。この度無事部活を引退することができました。OBOGの方々をはじめ、これまで現役生活を支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。
僕はこれまでのブログで↑の文量以上の文を書いたことがなく、マネージャーさんに文を適当に足しといてと頼んでいたのですが、もうこの先ブログを書くことがないということで、もう少し頑張って入部当初のことを思い出しながら書いてみようと思います。

なぜ大学でバレー部を選んだかというとバレーボールが好きだったからです。それ以外の理由は特にありません。入ってみると先輩方がめちゃくちゃ上手くて、とんでもないとこに来てしまった感がありました。まあそれでもバレーが好きだったので、部活以外でもバレーができるなら富士中なりなんなり行って練習をし、暇なときは筋トレをしていました。
2つ上の先輩方が引退してからは段々と試合に出る機会が増え、それに伴いバレーのために費やす時間が増えていきました。熱湯風呂に毎日1時間つかり、週5で筋トレをして、部活で練習し、練習動画を見返し、徹夜で麻雀をしていました。すると不思議なことに単位をほとんど落としました。そんな過酷と思える(?)生活でもバレーができるなら全く苦ではありませんでした。

そんな中、1つ上の代が引退し最上級生になるタイミングで、ちょっとしたアクシデントで左足の腓骨の下半分を粉砕骨折し、靭帯も2本断裂してしまいました。入院中は手術明けの痛みとこの先歩けるのか、また跳べるのかという不安もあり、無気力状態が続きました。日常生活を送るのも苦労し、何をしても楽しくなく、正直部活に行くこともしんどくなりました。その気持ちがバレてしまったのか、冬合宿では同期のTね川に「退部しろ」とまで言われました(普通に腹が立ちましたし、今でも思い返すと常川め~💢となります)。それでも田内コーチや他の同期の温かい対応もあり、部活を続けることができ、9ヶ月程学生コーチとしてチームに参加し、最後の試合では24点目のマッチポイントで交代してサービスエースまでとらせていただきました。ありきたりで嘘っぽく聞こえますが、本当に皆には感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです。これまで支えてきてくれた先輩、後輩、あと同期(?)のおかげで現役生活を楽しくまっとうできました。こんなふざけた奴で、何度も色んな人を怒らせ、あらゆる機会で迷惑をかけてきましたが、山田はわりと成長できたと思います。ありがとうございました。

現役の皆さんはこれから1年かそれ以上バレーを続けていくと思いますが、引退するまであっという間なので、バレーなり筋トレなり麻雀なり後悔しないように頑張って下さい。

おわり

引退 その4

こんにちは、4年生のしょうです。
大学生活も残り少なくなってきて寂しい今日このごろです。

引退ブログということで、
部活生活での私のやらかしエピソードをここに残しておこうと思います。

・部活遅刻 n回
・他校へのお土産の中に自分の定期を混入させる
・合宿にシューズを忘れ、取りに帰る
・部の荷物を電車に置き忘れる
・東北遠征にて自分のリュックを体育館に置き忘れ、取りに戻る などなど…

・・・本当に酷いですね。。。
先輩にもコーチにも同期にも後輩にも本当にご迷惑をおかけしました。まず最初に情けない姿ばかり見せてしまったことに心から申し訳ない気持ちでいっぱいです。

私が大学でバレー部に入った理由は正直あまりちゃんと覚えていません。
東京に来て入りたかった団体があったのですが、その選考に落ちたことが1番大きな要因だったと思います。
そもそも私が東京の大学を選んだ理由もその団体に入りたかったというのがあったので、大学には受かったものの、とても大きな失望を感じて大学生活をスタートさせたのを覚えています。
バレー部に入ったことは、その団体の代わりに打ち込めるものが欲しかったということもあったかもしれません。

そんな理由で入った女子バレーボール部でしたが、結果として、こうして引退までこの部活を続けたことには後悔はありません。
その理由は、
先程挙げたような失敗をしてご迷惑をおかけしながら、部活のことで沢山悩み、自分の行いを後悔し、不甲斐なく感じたり、
また自分のプレーや精神面の成長を感じられたり、チームメイトの成長に励まされたり、そういった経験を沢山出来たことが、今の自分を形作る糧になっていると思えること、

そして何より、一人一人が悩みを抱えながらも、プレーを磨こうと努力する姿、チームの中で必死に自分の役割を探し、それを果たそうとする姿、チーム全体が上手く回るためにどうすればいいかを悩みながらリーダーシップをもって引っ張っていこうとする姿が本当に尊敬できる人たちに囲まれて過ごすことができたことです。

私自身は、プレーで活躍する機会も限られていましたが、その中でチームのために自分が何をすべきか、私が部活に存在する意味があるのか、とても悩みました。
でも、私が悩んでいる時、同時に、同じような悩みを抱えながらも、チームの中で役割を果たそうと必死にできることを探して頑張っている人がいて、コートに出ている人もその人なりにチームのためにできることを悩んでいて、自分も辛い中で悩む人の気持ちに寄り添える人がいて、そんな人たちに囲まれていたからこそ、自分に対する焦燥感も感じながらも、無責任に辞めることなどできないなと感じていました。

私が本当に”全力”で部活に向かえていたかというと、頷けない瞬間は多々ありました。
だからこそ、もっとしっかりしていればよかった、もっとチームのために私ができることを探せばよかった、もっと先輩に迷惑をかけず気を使える後輩でありたかった、もっと同期の抱える悩みに寄り添える存在でありたかった、もっと後輩の成長を褒めて伸ばしてあげられる先輩でありたかった、と後悔はつきません。
…心が広くてしっかりしていて本当に尊敬できる先輩方を見ていて、こんな先輩になりたいなと思っていた姿には遠く及びませんでしたが、私が部活に所属していた時間の中でどこかしらで誰かの力になれていた瞬間があったとしたらそれだけでも幸いです。

最後になりましたが、
コーチをして頂いた先輩方、
お忙しい中時間をつくって頂き親身になって指導して下さり、本当にありがとうございました。

私たちが1年生のころから3年生まで一緒に部活で過ごした先輩方、
本当に気のきかない後輩ですみませんでした。先輩方のご指導のお陰で、たくさんの学びを得ながら引退を迎えることができました。ありがとうございました。

後輩たち、
みんなのバレーに向ける情熱は本当に尊敬したし、刺激を受けました。ありがとうございました。
あまり頼りがいのある先輩ではなかったかもしれないけど、これからもお手伝いできることがあれば是非お手伝いさせてください。

同期のみんな、
それぞれが違う悩みを抱えながらも、全員がそれぞれに明るく頑張っていて、だからこそ自分も頑張らないといけないと思えたし、こうして全員がそろって引退することが出来たことは本当に良かったなと思います。
今まで沢山部活に迷惑をかけてきて、自分のやらかし具合にしんどいとき、たくさん慰めてくれたことにもありがとう…汗
友達が少なくて寂しいので、これからも遊んでください!

今まで様々な面で現役生活を支えて下さったOB、OGの皆様、沢山のご指導·ご支援·ご声援、誠にありがとうございました。
今後は自身もいちOGとして東京大学女子バレーボール部の活動を陰ながら応援していきたいと思います。

今後とも東京大学女子バレーボール部にご支援·ご声援の程宜しくお願い致します。

引退 その3

こんにちは。かつです。卒論の佳境を迎えているかいちゃんと順番チェンジしてあげるとか大口叩いておきながら、私が期日を余裕で越してしまいましたすみません。

気づいたら12月ということで、もう引退してから1ヶ月以上経ちました。早いものですね。体脂肪もみるみる増えています。恐ろしいものですね。ちなみに今日はこれから運動会忘年会に行ってきます。そういうとこやぞ。

さて、そんなこんなで引退ブログを書いていこうと思うのですが、色々とりとめもなく書いては消してを繰り返していたらしっかり期日を過ぎていましたすみません(2回目)
自分の鬱日記みたいなの見せてもなあと思ったりいやでも引退ブログってそういうもんかって思ったり。
ブログなんて文字を書くだけなんだから、いい子ぶることも、綺麗事を書き連ねることもまあできるんですが、今更誰に媚を売るんだって話なので、思ったことを正直につらつら書きたいと思います。
これが、少しでも誰かの心に響いて、何かを考えるきっかけになれば幸いです。

さて、前置きが長くなりましたがざっくりと大学4年間のバレー生活を振り返っていこうと思います。まあゆるっとお付き合いください。

1年。私は部活に入ることにためらいがありませんでした。できることなら他と兼サーしようかと思ったりしたし実際総務部に入るまで実は合気道サークルに入ってちゃんと合宿も部活の合間縫って行っていたのですが、そこには絶対バレー部に所属するという前提条件がありました。
普通に「運動部」の雰囲気が好きだったし、ストイックにレベルアップしたかったからです。そういうバレーが好きでした。だからバレーの練習は好きでした。冬練が嫌いと言う部員もいましたが、私は基礎レベルが向上する冬練は割と好きでした。

2年。コートで活躍する同期が増えてきました。私はベンチだったりベンチ外だったり。練習もコート外だったり中だったり。当時コーチをしていらした南日さんに「おまえは育成枠だから」と言われたのをよく覚えています。そうだなと思いました。今はコートに立てなくても、3、4年でチームに貢献できる選手になろう。そう思って練習していました。なのでコート外にいるときもそんなに苦じゃありませんでした。ボールに触れないつまらなさはありましたがコートの外で筋トレをするのは嫌いではありませんでした。素直なので笑
一方で2年の冬に男バレOBの堀江さんから言われた言葉もとてもよく覚えています。二体で練習終わりの集合で、わりとにこにこ優しい感じの堀江さんに厳しめの口調で「ただバレーしたいだけならサークルと同じ」と言われました。このある意味当たり前な言葉が、個人的にめちゃくちゃ刺さりました。
漠然とバレーをしてはいけない、自己満足なバレーではいけないと強く思った瞬間でした。それ以来、勝つために、チームのために何かしなくては、という思いが、どこまで実践できていたかはさておき、意識としては根付いていました。私の部活への姿勢が変化する一つのきっかけでした。

その後、色々しんどくなってきたのは3、4年からでした。育成枠というのは、育成価値があるから育成枠なのであって、将来性のない選手を育成する意味はありません。私は思ったより上手くなりませんでした。総務とか実習とか言い訳しようと思えばいくらでもできますがまあ結局言い訳したところで自分が上手くなっていないというのが事実として残っただけで、私は、周りや、それ以上に自分自身が、期待していたほど上手くなれませんでした。
3年秋、レギュラーから外れたのが悔しすぎて、試合に出る選手が発表されたメールを夜練習からの帰り道に見たとき、感情のままに携帯を投げて割ってしまったのはほろ苦い(?)思い出です。良い子は真似しないように。ついでにパソコンと椅子も割っただなんてそんなまさかねパソコンはマジで割らない方がいい普通に自分が困る

4年春。部員の怪我などもあり、試合に出ました。私がコートに立ったのはこれが最後です。とても緊張したのをよく覚えています。勝ちたい気持ち、チームに貢献したい気持ちが強すぎて肩に力が入りすぎたのでしょう。結果は酷いものでした。

そして4年夏。七大戦。みんなメンタルズタボロで雰囲気最悪の大会でした。
この時私は何をしていたかというと総務のクレーム対応をしていました。バレーに集中していない自分にイラついていました。
登録外選手になって、外から応援してて、でもみんないっぱいいっぱいになってて視野が狭くなってて、どうにも声が届いている気がしなくて、なんで自分声枯らしてるんだろな声出すのやめよっかなバカらしいという不誠実な考えが頭をよぎったのは一回ではありませんでした。

4年秋。コーチの川田さんに土曜午前練のあと呼ばれて、今後登録選手メンバーには入れない旨を伝えられました。言ってしまえば戦力外通告です。心の準備はしていましたがやっぱりしんどいものがありました。全部下手な自分が悪いのはわかっていても辛いものでした。家まで泣きながら帰りました。

実力主義の世界ですから戦力外と言われたものは仕方がない。しかしチームに属している以上、チームの勝利に貢献はしたい。だっている意味がないから。みんなが意味ある存在でいる中で自分だけチームに必要ない存在だと感じた時の居心地の悪さと言ったら。こういう時人は退部を考えるのでしょう。
でも私は辞めたくありませんでした。だから存在意義を探しました。しかし後輩に声を掛けたり分析を手伝ったり声を出したりしたところで、「これ別に自分じゃなくてもできるんだよな」「声出し係ってなんだよみんなで声出せよ(笑)」という考えは消えなくて、自分の存在意義を探せば探すほど本当に自分要らない感がすごくて、別に誰に否定されたとかじゃないし元はと言えば自分の能力不足が原因なのだけれどにしても居心地は悪いものでした。でも「私なんて要らない」なんて陰気臭い雰囲気を漂わせてチームの空気を悪くするわけにもいかないので、へらへらと薄っぺらいふざけた笑顔を取り繕うことしかできなくて、そんな薄っぺらい自分に嫌気がさして、でもだからと言って今自分にできることが他にあるわけでもなくて、要は用無しで、その事実を見たくなくて見ないふりをして、とにかくバレーに集中しようとしていました。
チームのことを心から思いやり、他人の幸せをもっと自分の幸せとして感じ、そのためにもっと献身的にやりがいをもって支えることができる「できた人間」だったら、こんなにも歪んだめんどくさい性格に振り回されることもなかっただろうにと思うことはしょっちゅうです。そんな正しいことを正しくできる人をただ羨むことしか私にはできませんでした。

引退の日。順位決定戦。同期がコートの中で活躍する姿を外から見ていました。ここまで一緒に苦楽を共にした同期がコートで笑っているのを見るのは素直に嬉しかったです。その感情は本当です。ただ、自分がそこにいないことへのモヤモヤが全くないといえば嘘になります。自分のバレーはこれで終わるのかという不甲斐なさは消せませんでした。最後までチームのことに集中できず、自分の不甲斐なさとか考えてる自分はたいそう自己中心的なやつなんじゃないか、ひどくわがまま人間なんじゃないかと思ってはそれにも萎えてました。本当にどうしようもないやつでした。

振り返れば振り返るほどかっこ悪くて中途半端なバレー人生ではありますがそれでも私が本当に部を辞めたいと思ったことはあまりありませんでした。レギュラーから外された時、戦力外通告をされた時、たくさん不甲斐ない思いをして、ああ今自分が消えてもこのチームは回ってしまうんだなと思った時、それでもそこに退部という文字はあまりありませんでした。

ひとえにバレーが好きだったからです。
結局バレーが好きでした。こんなに下手くそなのに。それでもどうしようもなくバレーが好きでした。
バレーがなかったらこんなにも苦しまなかったというのは間違いありませんが、それでも、私は一瞬上手くいった時、勝った時の喜びが本当に好きで仕方ありませんでした。

4年秋、もう自分がコートに立つことはおろか、ユニフォームすら身につけられないと決まった時も、私は、それでも、練習がある限り、引退するその日まで、上手くなろう、その想いを忘れずに持ち続けよう、と自分に約束しました。
もちろん、このチームで勝つために自分ができる最大限のサポートを模索し続けることは前提にありました。ただ、それだけだったら、私が練習する意味は本当にもうなかったのです。でも私はバレーがしたかった。みんなと一緒に上手くなりたかった。運動部としての本気のバレーをして挑み続けたかった。

私が、心の支えにしていた言葉があります。
かの有名な将棋士である羽生善治さんの言葉です。

「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。」

私のこの4年間のバレー生活は、決して必ずしも報われたと言える結果ではなかったかもしれません。しかし、強くなりたい、もっとうまくなりたいという気持ちが引退する日まで消えることはありませんでした。
挑み続けたこと、うまくなりたいと思っては、それでもうまくいかない理想と現実の差に何度も打ちのめされて、何度もくじけそうになって、でもまた挑み続けるその行為が、価値あることだと、それは決して当たり前にできることではないのだとこの言葉に出会って肯定された時に、本当に救われた思いだったのです。自己満だ利己的だと思う人もいるかもしれません。そうかもしれません。私はチームで一番利己的でわがままな人間かもしれません。でも、これが私を支えてくれた言葉でした。自分のしていることは間違っていないと信じるしかできなかったのです。それすら疑ってしまったら、挑むことすら否定してしまったら、もう私が部にいる意味が本当に見出せなくなってしまいそうだったのです。実際もう練習に行く意味がわからなくなっていたでしょう。
この言葉に支えられて初めて、私はチームのために、後輩や同期のために何かしようと思う心の余裕を確保していたのです。
川勝は思いやりがあるだとか、優しいだとか言ってくれる人もいましたが、私の本質は所詮どこまでも利己的でわがままで、バレーをしたい気持ちが強くて、でもそんな自己中心的な自分のことが嫌いだったからこそ、自分にはない利他的なものに憧れていたからこそ、意識的に、利他的になろうとしていた部分があると思います。

話が下手すぎて終着点がわからなくなりはじめてきているのですが、一つ、はっきり言えることがあります。
もしも、また1年春からやり直せて、所属先を一から選べたとしても、もしこの今の結末を見せられたとしても、私は、どうしようもなくバカなので、やっぱりバレー部を選ぶでしょう。
それが偉いとか言いたいんじゃなくて、ただ、結局全力でぶつかれるバレー環境があって、全力で一緒に戦う仲間がいて、その環境こそが私の居場所だったのです。

今までやらかした回数はもはや数えていませんが、たくさんご迷惑をおかけしました。
こんな私に最後まで居場所をくれたみんなには感謝しかありません。
それぞれに様々な立場で悩み、苦しんだ同期が、誰一人欠けることなく最後まで走りきったことが私は本当に嬉しいです。みんな絶対辛い時期があっただろうにそれを乗り越えたことを誇りに思います。尊敬できる仲間です。

そして、こんな私を可愛がってくれた先輩、慕ってくれた後輩、指導してくれたコーチ、応援してくれたOBOGさん、時にはライバル、時には仲間として支えてくれた他大学のバレー部のみんな、バレーのアドバイスをしてくれたりしょうもないことの話し相手になってくれた男子部、
たくさん仕事をしてくれて私の負担を最小限まで軽くしてくれた総務部のみんな、
時にふざけて、時に真面目に熱くお互いの部活動を語り、頑張ろうなと励ましあった運動会の仲間たち、
みんなに支えられてここまで走り続けることができました。
同期も先輩も後輩もみんな尊敬するところがたくさんあって、自分にないものがたくさんあって、バレー部にいたから今の自分がいると思います。

自分のプレーが嫌いで下手ででもどうしても上手くなりたくてたまに綺麗に打ち込めたスパイクがたまらなく嬉しくて、たくさん泣いてたくさん喜んで文字通り一喜一憂しながらここまできました。
最後一年、自分なんか部に必要ないんじゃないかもう消えてしまいたいと気を抜けば自己否定に走りそうになる自分が常にいて、それは最後まで変わらなくて、それでも、泣きながら、笑いながら、ここまでやりきれてよかったです。

本当にありがとうございました。バレー部で学んだこと、バレー部で感じたことは確実に私の生きる糧となっています。これからは1OGとして可愛い後輩たちをサポートしていきたいと思います。

これからも女子バレーボール部をよろしくお願いします。
稚拙な文章をここまで読んでくださりありがとうございました。

引退しました(蓮沼)

師走の候、いかがお過ごしでしょうか。

先日引退しました、マネージャーの蓮沼です。 

 

引退してからは毎週土日はお昼までお布団の中……ということもなく、卒論やら研修やらでなんやかんや忙しくしている毎日です。

四年生になってからは引退までがとても長く感じ、本当に引退するのか?と疑っていましたが無事引退できてほっとしています。

例に習って今までの部活生活を振り返ってみたのですが特に思い浮かびませんでした。ただ、監督、コーチをはじめ、OBOGの皆さん、周りの人達に大変恵まれている部活だったと思います。先輩には引退後も良くしてもらい、同期とは程よい距離を保ち、後輩には結構迷惑をかけたかなと思っています。あんまり覚えてないんですけど。

とにかく色々な人に本当にお世話になりました。

四年間マネージャーとして何ができたかはわかりませんが、自分ではやり切ったと思っているので悔いはありません。最上級生としては応援したくなるチームでいられたかが気がかりです。

社会人になったらあまり休みも無いですが暇を見つけては応援しに行きたいと思います。四年間東大バレー部の一員として過ごすことができて楽しかったです、本当にありがとうございました。

 

マネージャー 蓮沼

引退しました(森口)

お久しぶりです。4年アナリストの森口です。

 

私のブログは新歓ブログを除けば2018年3月以来となります。この部でブログを書くのは6回目です。

私の近況としましては、2018年の4月から法学部法学総合コースに進み、就活も無事に終えました。2020年の春からは霞ヶ関で国家公務員として国家財政に携わる省で働くことになりました。

 

今回は引退ブログということで、記事をお送りしたいと思います。

 

まず、前回の私のブログ記事を再掲しておきたいのですが…、

https://www.todaivb.jp/men/2018/03/6178/

このブログを書いた約2か月後に私は休部するに至りました。理由はいろいろありますが、自身のチーム内での存在意義を見出せなくなったことと自分なりに様々な可能性を模索したいと考えたことでした。この点、チームスタッフの皆さん、先輩の皆さん、同期、後輩のみんな(特に森口が投げだしたせいで過重負担になった髙谷さん、分析を任されることになった現3年生)、本当に申し訳ございませんでした。

休部のことをつらつらブログにするのは(来年の新入生も見る可能性もあるので)適切ではないと重々承知しているつもりなのですが、少しだけ書かせてください。

自分として休部したことに後悔はありません。おそらくあのまま残ったとしても、誰かしらと大揉めしているか、自分の相棒のLet’s noteをたたき割っているか、自分が精神を病むかのどれかだったと思うので。いろいろな意味で自分はあのチームに必要とされていなかった、そう今でも思っています。やはりチームですので、前掲のブログでも自分で書いているように「合意形成」が重要で、その合意に納得できなくても渋々従うのが基本なのですが、それすらも自分としてはもはやできなくなりつつあったのだろうと感じています。この点、誰のせいで自分は休部したなど一切思っていません。ただただチームの方針・考え方に自分が合わせられなかった、その一点だと思っています。

 

休部という名目でしたが、自分としては復帰するつもりはありませんでした。そのままバレー部とは距離を置くつもりでした。

そんな中、同期で主将の福田から「チーム運営において森口の力が欠かせない。是非復帰してほしい」という話をいただき復帰を決断しました。

こうして復帰するわけですが、久々もしくは初めて見る森口が幹部代として帰ってくることを受け入れてくれた同期・後輩の皆さんには本当に感謝してもしきれません。

 

このあたりで休部報告ブログは終わりにして、本題の引退ブログに入っていきます。

 

最後の1年は本当に楽しくバレー部に携わらせてもらったと思っています。これはなぜかと考えた時に、大きな要因として、そこそこの結果がついてきてくれたことを挙げられると思います。

もちろん3部昇格が達成できなかったことは至極残念です。一方で、一橋戦での勝利・七大戦の準優勝など、満足がいくとは言いたくありませんが、下馬評を覆す結果が残せたのではないか、そう思っています。

 

じゃあ、お前はどうやってチームに貢献したのか、と聞かれると、取った点数は0なので直接的には一切貢献していません。これがチームスタッフの宿命というかあるべき姿です。

自分の3年半は少なくともチームにいてプラスの存在になることを追い求めたつもりでした。最後の1年間は、練習中に盛り上げるべく声を出すことを意識したり、後輩に積極的に声をかけたり(うざかった皆さん、ごめんなさい)とチームを円滑に回すために何ができるかを考えることを意識したつもりでした。

アナリストとしてどう貢献したのか?という問いには非常に答えづらいのです。自分の戦略がハマって勝った試合がたとえあったとしても、それはコートにいるプレーヤーがいるからこそ勝ったに過ぎないと思うからです。ですが、今年は西村監督・田内コーチ・主将の福田といういわゆる「首脳」と呼ばれる方々が積極的にコミュニケーションをとってくださり、自分のやるべきことが明確になり、プレーヤーにもわかりやすい情報の提供や現実的な戦術ができたかなぁと思っています。アナリストとしてとても恵まれた環境で活動ができた一年でした。

 

ありきたりで恐縮なのですが、各方面への「お礼ブログ」で締めたいと思っています。個人的に私の欠点だと思っているのですが、形式的というか保守的ということがありまして、こうして名前を挙げていく方々の順番や分量などをとても気にしてしまうので、あまり書くのは苦手なのですが…

 

まず赤門クラブの皆様。何をやっているのかよくわからないアナリストの活動に理解を示してくださり、また金銭的にも多額の支援をしていただき、ありがとうございました。今後、私も1人のOBとして東大バレー部を盛り上げていければ…と思っています。

松永部長、宇垣副部長、西村監督。積極的に声をかけてくださり、非常に励みになりました。

田内コーチ、そして石川前監督。アナリスト自体、うさんくさいチームスタッフではありましたが、うまく活用しようとしてくださり、自分としても何が求められているのかということがひしひしと伝わってきたので、自分の役割を見つめながら活動ができました。

アナリストの先輩、藤原さん。藤原さんが誘っていただいていなかったら今の自分はありません。時には厳しく、時には厳しく、たまに優しく(冗談です)ご指導いただき、入部してから2年間は藤原さんという大きな背中を追い続けることがひそかな楽しみでもありました。

ジェイテクトのアナリスト、池原さん。プロの世界に2度もお呼びいただき、大きな経験を得ることができました。また、私がリーグ中にプロチームに帯同することを寛容にもお認めいただいたすべての皆さんにこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

先輩。下北沢でご飯を食べながらした話から、戦略の話まで、自分として先輩方から学ぶこと、吸収したことは数え切れません。扱いにくい後輩だったと思うのですが、先輩方から気をかけていただいたことが自分としても大きな励みになりました。

後輩。アナリストという不思議な先輩で距離もつかみづらかっただろうと思います。そんな中でも頼りにしてくれる後輩も多くいて、自分として後輩の存在からやりがいを感じられることも多かったです。また、後輩の存在なくして今の4年生の代の運営は成り立たなかったと思います。

そして同期。仲が悪いと各方面から言われ、実際にあまり仲が良くなかったなぁと思います、途中までは。最後の数カ月の同期内での団結力はすさまじく、同期と一緒にいられなく引退というものが恐ろしく感じるほどまでになりました。いろいろとわがままなチームスタッフではあったと思う(急遽アナリストを手伝わせることになってしまった南原、本当にありがとう)のですが、同期には本当に助けられました。せっかくなので同期旅行にもいきましょう、はい。

 

 

自分自身、入部したときは、こんなの3年半も続けられるのだろうかと幾度も思った記憶があります。アナリストという自分としての新しい取り組みに戸惑い、チームでの立ち位置を模索しつづける3年半だったと思います。

そんな中で様々な方の助けをいただき、自分として納得できる、また、大きく成長できた3年半を過ごさせていただきました。森口のアナリスト人生において関わっていただいたすべての皆さんにもう一度感謝を申し上げたいと思います。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

またお会いする機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

 

アナリスト 森口

引退報告

拝啓

 

銀杏の葉が美しく山吹の色を煌めかせていたのもつかの間、気づけばに12月になり、温度も10度を下回る日が増えてまいりました。秋という季節を待たずに冬になってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

ご無沙汰しております。10月27日の秋季リーグ順位決定戦をもって引退しました、4年の三須と申します。11月より迎えた引退生活ですが、本州最北端の碑を見てきたり、研究室対抗ソフトボール大会をしたり、駒場祭・赤門大会で現役部員に1ヶ月ぶりに会ったり、卒業研究の中間発表とその準備に追われたり、なかなかに忙しい日々を過ごしておりました。師走と言われますが、個人的には11月の多忙な日々を乗り越え、ようやくゆっくりと過ごせる時期になったという感じです。これから一生続くオフ期間が始まると思うと、なんだか寂しい気持ちになりますね。

 

 

さて、先ほども述べましたが、我々一同は10月27日をもって引退しました。

東大・他大学問わず、これまで私が東京大学運動会バレーボール部として関わってきた全ての皆様に感謝しております。大変お世話になりました、ありがとうございました。

まだ「下級生」と言われていた頃は「なぜ皆こぞって感謝しているのだ」などと考えていた時期もありましたが、こうして引退を迎えた今、先輩方の感謝の思いというのがわかりました。これもひとえに東大バレー部が成長させてくれたものだと思います。

3年間半を通して東京大学バレーボール部から頂いたたくさんのものを大切にし、これからの人生、日々精進の考えの下、偉大なOBの先輩方に追いつけるよう励んでいきたいと思います。

 

 

大学バレー生活を振り返っても、このブログの主たる読者である後輩達にとっては「老害の寒い思い出話」に過ぎないでしょうし、飲み会等で既に耳に入っている話でしょうから、今回は誠に勝手ながら、既出ではない話をしたいと思います。

 

私のバレーボールとの出会いは高校1年生でした。それまでは小学生の頃からサッカーをしており、中学もサッカー部だったのですが、高校になったら別の競技がしたい。そんな思いで部活を決めあぐねていたところ、当時隣のクラスだった塩出君が声をかけてくれました。

彼は中学の頃からバレーボール部で、「当時バレーボール候補に考えています」程度の私を誘ってくれました。彼の誘いで一緒にバレーボール部を見学・体験しに行き、そこで入部しようと決めました。おそらく彼にとっては大したことない、ただ体験仲間を探していて、たまたま興味を持っていた私を誘っただけに過ぎないでしょう。しかし、彼があの時誘ってくれなかったらバレーボールに出会うことはなかったと思いまし、当然、その後に東大バレー部としてこのブログを書くこともなかったです。本当に感謝しています。

 

バレーボールを始めたことで、青山高校バレー部(私の出身校は都立青山高校です)の同期とも知り合うことができました。彼らとは毎年、忘年会・新年会をしており、3月には卒業旅行に行くことも決まっていて、今でも定期的に会っている唯一の高校同期です。彼らとの出会いにも感謝しています。毎回必ず企画し、実現してくれる竹内君、来年からは仕事で忙しくなると思いますが、今後もよろしくお願いします。

一方、大学同期はというと、勝手に3人で旅行に行かれたり、同期での引退お疲れ様会が12月になりようやく開かれたり、いったい卒業旅行は実現するのか?という一抹の不安があるのですが・・・

私の高校が大会の会場になることが多く、その度にクラスメイトが試合に観に来てくれました。今思えば、ギャラリーが知り合いで埋まったホームでの試合など、クラブチームでもない限り考えられない光景だったので、来てくれていた友人達には感謝しなければなりません。

特に当時の彼女の永田さんは他会場での引退試合まで観に来てくれて、尿酸塩のように尖っていた私によく一緒にいてくれたなぁと思い、当時の自分の言論・行動を振り返ると今でも感謝と後悔と懺悔の念に駆られます。彼女には本当に幸せになって欲しいです。結婚式には呼んでください。祝儀に当時の謝罪分のお金も入れて持っていきます。

 

これ以上話すと長くなってしまいますし、伝えたかったことは書けたので思い出話もこの辺にしたいと思います。

そんなこんなで東大バレー部に出会い、他大学のバレー部に出会い、様々なことがあって引退することが出来ました。関係者の皆様にはこれまで迷惑しかかけていませんでしたが、それでも最後の最後まで許してくれたからこそ、今こうして私がいることが出来ています。結局、私は何者にもなれませんでしたが、誰か一人でも私に会えてよかったと思ってくれる人がいたなら、そこに私のいる意味はあったのだと思います。いつかまた、皆様とお会いし、他愛のない話が出来たら幸せです。

 

大学のブログなのに高校の頃の話をして、申し訳ないと思っています。大学ではOBさんにお会いする機会があったり、ブログを書いたり、皆様に気持ちを伝えることが出来ましたが高校の人たちに伝えることが出来なかった後悔があったので、この場を機会として使わせていただきました。

改めて、これまで本当にお世話になりました。ありがとうございました。

 

追伸

現役部員の皆様、引退時にも伝えましたが出来る限り試合には観に行きます。私が昔も今も現役部員に出来ることは金銭的援助、試合の応援だけなので、そこだけは全うするつもりです。本当に応援しています。頑張ってください。

 

いよいよ本格的な冬に入り、厳しい寒さが続いてまいります。芽吹きの季節が大変待ち遠しいですが、御身体に気を付けてお過ごしください。

本当に幸せでした。もしかしたら、また、どこかで。

No.11     4年 三須隼太

敬具

引退 その2

先日引退しました4年かいです。急に寒くなりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。

まず初めにOB、OGの皆様初め、東大女子バレー部の活動をご支援、応援してくださったすべての皆様、本当にありがとうございました。
春、秋リーグや七大戦、双青戦、東商戦、練習試合で戦った各大学の皆様もありがとうございました。
当たり前ではないこの環境を当たり前のように提供してくださった皆様のおかげで、とても恵まれた環境の中バレーボールに打ち込めました。心から感謝いたします。

また、歴代の先輩方にも、大変お世話になりました。
七大戦でチームを優勝へと導いてくださったそらさん、あんさん、ちいさん、はるさん
あの感動をもう一度味わいたい、後輩にも見せたい、と3年半モチベーションにして部活に取り組んでいました。
色々なことに悩んで部活をやめそうになっても手を差し伸べ続けてくださったゆずさん、らずさん、ななさん
一度本気でやめようと思った時もそれを引き留めていただき、そしてそんな自分を受け入れてくださったおかげで最後まで続けることができ、数々の貴重な体験ができました。
私たちの1番近くで、いろんな面においてお手本となり続けてくださったみゆさん、すうさん、うみさん
それぞれの立場から後輩一人一人のことをしっかりとみてくださっていて、声をかけてくださって、部活に真摯に取り組んでいて、こんなに完ぺきなお三方が1つ上の代で私たちは本当に幸せでした。
そして豊田さん
NECのコーチをなさった豊田さんの存在が東大受験のモチベの1つになり、入部後は人数の多い私たち一人一人を見てくださり、またチームを離れられた後も時々激励のメールをいただきました。

皆様にはとてもお世話になりました。この場をお借りして感謝いたします。
また、後述しますが、スター選手がいないと言われたこの代でも確実にステップアップできたのは、皆さんが私たち一人ひとりを丁寧に指導してくださり、最上級生になるまでの間に多くのことを教えてくださったおかげです。ありがとうございました。

 

 

偉大な先輩方が引退され、この代が始まった当初は、チームを作り上げていくぞ!という気合いと同じくらい不安でいっぱいでした。同期と意見を出し合いながらチームを作っていく中で、その不安をかき消してくれたのは、頼もしい後輩たちの存在でした。
みんなしっかりとした意見を持っていて、それをちゃんと伝えてくれました。すべてを叶えることができなくて申し訳なかったですが、それでもしっかりとついてきてくれました。また、アドバイスしたことをすごく意識しながら練習してくれました。部活に真剣に取り組んでいたみんなのおかげで、この代は何とかやってこれたのだと思います。
そして技術的な面では、1年間の中で昇格に手が届くレベルまで確実に成長できたと思います。

しかし、結果的に4部昇格は叶いませんでした。秋リーグではフルセット負けをした試合が多かったです。

この1年間、本気で昇格を目指しているつもりでしたが、気持ちの面が甘かった。その結果、勝負所で弱さが出てしまいました。
七大戦前、「4年生が甘い」とOBの高梨さんにご指摘いただきました。それを経て、部活中、厳しい指示の声がなんとなく増えるようにはなりましたが、上級生が多いチーム特有の、部全体がぼんやりとした雰囲気をガラッと変えることはできませんでした。
私たちの代が初めに掲げた目標は「応援されるチームになること」でしたが、昇格を逃した時点では、いわゆる“ONE TEAM”にはなり切れていなかったように思います。私たちはバレーボールを職業でやっているわけではないですし、他にも将来や勉強など、大事にしなければいけない、大事にしたいことがあります。しかし、5部なりの、5部レベルの“ONE TEAM”になることは、不可能ではなかったはずです。それは4年生みんなが思っていることだと思いますし、私自身副将として引っ張りきれなかったことにとても責任を感じています。

しかし、秋リーグ最終戦、後に全勝昇格することとなった埼玉大学を相手に2セット目を取れたことは、忘れられません。みんなが盛り上がって「チームが勝つこと」に貪欲で、1年間の成果を発揮できて、あの瞬間ようやく「応援されるチーム」になれたのではないかなと思っています。それだけに3セット目を勝ち切れなかったのは悔しいですし責任を感じますが、あの試合は10年間のバレー人生の中で最も楽しかった試合です。

悔しいことや責任を感じることは多々ありますが、なぜか後悔の気持ちはあまりありません。
それよりも、この4年間を振り返ると、楽しかった思い出でいっぱいです。
大好きな仲間と真剣にバレーをして、その時間と同じくらいふざけあってお腹がよじれるほど笑って、そんな時間がかけがえのない大切な宝物です。

いつも女子部を気にかけ温かい言葉をかけてくださった松永部長、
特別コーチを引き受けてくださり、的確なアドバイスをくださった高梨さんをはじめ、
様々な相談に乗ってくださり、またたくさんの時間を割いてチームを支えてくださったコーチの川田さん、福島さん(川田さんには3年もの間お世話になりました)、
とっっっっっても頼もしくてすっっっっごぉく可愛い後輩達、
そして大好きな同期のみんなのおかげで、
最後の1年間、このチームでしか得られない素晴らしい経験ができました。今まで本当にありがとうございました。
(同期のみんなへ、一人一人にメッセージ書きたかったけど、ここでは省略するからご飯行こうね!)
(ご飯行きたいだけだね)
(後輩のみんなもご飯行こうね)
(先輩もご飯行きたいです!)

 

最後に、、、
ここまで部活を続けることができたのは、すべての周りの方々の支えがあったおかげです。
本当にありがとうございました。

 

バレー部に入部して、最後まで続けることができて、本当に良かったです。
ここで得た学びと、大切な仲間との思い出を胸に、新しい生活を過ごしていきたいと思います。
今までありがとうございました。
女バレ最高!!!!!!!!

そして後輩たち、これからも頑張れ!応援しています。

#15 かい

引退しました(南原)

どうもこんにちは。10月末に引退しました南原佑作です。引退したのに後輩にご飯に誘われるので引退ってなんだっけと思っている今日この頃です。常川君の熱いブログの後なので拍子抜けするような文章ですがお許しください。

まずは、監督、コーチ、その他OBOGのみなさんの支えもありここまで続けることができました。ありがとうございました。試合に出ていたわけでもないですし積極的にOBOGに話しに行こうともしていなかったので、正直誰だお前と思われる方もいらっしゃるでしょうが、実はひっそりと部活を続けていました。まあ、女子部の3年生にも「男子部4年生5人で女子部への引退メッセージをお願いします!」と言われるなど(本当は7人なんですが)、現役にも存在を認知されていないのでしょうがないですね。ともあれみなさんの支援のおかげで無事引退できましたので、その恩を今度は僕が後輩部員を支援するという形でに返していこうと思います。

次に部活について。部活での4年間は波乱万丈でした。哲理さん・堀江さんにビクビクしながらプレーヤーをしていた1年生、怪我をして審判とお片付け係だった2年生、勝手な理由で休部していた3年生、戻ってきてボール拾い係兼アナリストだった4年生。なかなかチームに貢献できなかったことは申し訳ないなと思います。自分が活躍することはなかったですが、チームが勝った時、特に同期が活躍している時は自分のことのようにうれしかったです。部活外でも下北沢で一緒にご飯を食べた部員とはとても多くの思い出ができました。毎週毎週時間を忘れて先輩後輩とコミュニケーションが取れてよかったです。こんなやつでも一緒に接してくれた先輩後輩、そして同期にはとても感謝しています。ありがとうございました。

深い話をするのも気恥ずかしいので、そんな話がもししたい人はまた一緒にあった時にでもしましょう。ということでブログでのあいさつはこの辺にしておこうと思います。あらためて、バレー部に入ってよかったです。4年間ありがとうございました。

南原 佑作